2016/09/01

修行に入ります



じつはtwitter、Facebook、インスタ・・
全てのSNSから一定期間
足をあらうことに
決めたんです
ちょっとね
このままでは
アイデンティティが固定化してしまうかなと
そうおもったんです
夏も終わったし

今回のこの記事を読んでいただいている
みなさん

みなさんがもし
史上最強になりたいと
そういう願望を御持ちでしたら
あなたにとって
もしかしたら
素晴らしい出会いになるかも
がーーーーん!って
必ずなります
もしならなかったならば
それはあなたの感度が
鈍いのです(笑)

僕がネットに触れてからの約20年ぐらい
そのなかで
多くの天才というか
「この人すげぇ」
と驚嘆した人物に出会いました
なかでも史上最強の方をご紹介しますよ
僕がリサーチしたなかでは
この人以上に
史上最強な
言葉と感性をお持ちの
天才はいないですね

この方を僕は
約10年ほどチェックしております
もちろん彼女は僕を御存知です
その方は

桐ケ谷 忍 さん

是非検索してみてください

で、彼女がいたサイト
それが『文学極道』

大変勇気がいるし
正直にいいますと
入る勇気がまだありません(笑)
でもここに行くしか
ないかなって
決意した次第なんです

どなたか一緒に
飛び込みません?

~生まれ故郷の福岡博多のビジネスホテルにて 三浦果実





2016/08/31

がっかりさせるなよ

明日、久しぶりに
生まれ故郷の福岡・博多へ帰ります

仕事の出張なんですけどね






ちょっと訪ねてみようと

考えている小学校時代の友達の家があります

もう亡くなってしまった友人なんですけどね

彼はビートルズが好きだったようなので

そうですね

僕がビートルズで一番好きな曲
これかな

『Don't Let Me Down』







薄情な僕だけれど

がっかりさせるなよ

友達じゃないか



40歳を二か月前にして

なぜ終わることを決めたのか

誰も知らないと

どうせ誰も自分のことは知らないと

そう思ってただろう?



当ててあげるよ

薄情だった僕の

罪滅ぼし



ジョン・レノンが

40歳で死んだからだ



薄情な僕だけれど

がっかりさせるなよ

友達じゃないか








2016/08/29

なぜRivers' edgeとタイトルをつけたのか

2013年の10月に単身赴任生活がスタート。半年が過ぎた頃から、自分の心の変化というか
一人の時間が増えたことで、考えなくてもいいことを考えるようになってしまって。
ロボットのように、白痴のように、組織の一員として生活していればよかったのかなって。そう後悔することもあるんですが。

・・・・・・・・・

1996年、表舞台から消えた漫画家がいました。岡崎京子さん。10代・20代・30歳を過ぎてもずっと読んできました。岡崎京子さんの作品。
忘れないですよって岡崎京子さんに手紙でも書けばよかったのかもしれなかったですね。
岡崎京子さんのこと、作品のことを素敵に紹介するプロフェッショナルな方はたくさんいるわけで。でもね、僕が忘れないってことが大事だと思った。僕は忘れないって、そういう戦いをやりたいって思ったんです。四十半ばのおじさんが決意したんです。

・・・・・・・・・

それで、代表作のタイトルをブログの名前にしました。それって、人間らしくないですか?





岡崎京子さんが好きなFlippers'guitar。



9月になれば



みなさん
あと少しで8月が終わりますが
思い残すことはありませんか

そうですね
僕はもう閉塞な場所からは
抜け出せた
そんな気持ちです
新しい世界へ飛び出したとか
新しい友達が出来たわけでは
ないんですけどね
どちらかといえば
一巡して
こちらのブログへ
戻ってきた感(笑)

誰が読んでるわけでもないだろう
このブログへ記事を書きこむ
岡崎京子さんや
いろんな好みのミュージシャン
そういう方々と
ひっそりと対話するような感じ

もう
淋しいとか
友達が欲しいとか
そういうことはないんです
なんだかちょっとだけ
クリントイーストウッドみたいな
粋な孤独なおじいさんに近づけた
そんな感じです

意外かもしれませんが
9月に聴く曲といえば
オフコースの
『I LOVE YOU』
確か僕が小学6年の時に
アルバムを買った記憶があります

はじめて経験した転校
しかも小学校6年の夏休み明けに
どきどきしながら
不安な気持ちを抱え込みながら

9月になれば
僕は転校生



2016/08/28

Richey Edwardsが失踪したことについて


1992年の5月11日。クラブチッタ川崎。マニック・ストリート・プリーチャーズ。ジェネレーションテロリスト・ツアーの日本公演。世界中のチャートでNo1になるアルバムを出す。そして解散する。そう宣言したデビューアルバム『ジェネレーションテロリスト』。彼、リッチー・エドワーズは25歳。当時、その本気を示すために「4REAL」と記者を前に腕にナイフで刻んだ。スキャンダル。世界はニルヴァーナを筆頭にグランジロックが席巻してた。90年前後に登場した新しいパンク。ストーンローゼス。マイブラ。ライド。イギリスの田舎町の文学青年だったリッチー・エドワーズ。彼はニルヴァーナに何を想っただろう。新しいロックスター/カート・コバーンの登場に何を想っていただろう。

話を戻そう
1992年5月11日

クラブチッタ川崎
パンクパンクパンク
ダイブダイブダイブ
それは狂乱の宴
MCはなかったと思う
記憶にない
でもリッチーが笑ってた
それだけはおぼえてる
今でも

その後の解散宣言撤回
人気バンド
マニックスの誕生


1995年
リッチー・エドワーズ失踪

当時27歳。
僕は彼の一つ下だから
26歳だったんだけれど
失踪のニュースをきいて
確信してた
その動機を

イアン・カーティス
『25歳を過ぎても
生きてるなんて
バカげてると思わないか?』

もうひとつ確信したこと

今でも確信すること
リッチー・エドワーズは
どこかで生きている
ココロのなかでではなく
現実世界で生きている

その確信の理由は
あの時の彼が
笑っていたから




かえりみちのブルー




なんだか前回の記事で
スライダーズ熱が蘇りました

『かえりみちのブルー』

TIME IS EVERYTHING TO ME

8月ももうわずか
夏もあと少しで終わりますが

みなさんどうお過ごしでしょうか



今年の夏は近年では

一番思い出深い

そんな感じです



夏といえば

高校生のときに

数人の男女の友達と

学校の帰りに

海へ遊びに行きました

高校3年生だったかな

友達と書きましたが

友達というよりも

クラスメート

ただ同じクラスだったというだけ

当時ぼくがリーダーをやっていた

パンクバンドのメンバーが

二人行くので

それに付き合った感じでした

そもそもパンクスを名乗るものが

海へ遊びに行くことに

ちょっと抵抗があったんですが



高校生の頃って

まともに人と会話できなかった

まともに人と会話できるようになったのって

社会人になって二年目ぐらいから

そう二十歳ぐらいから

「まとも」ってどういう定義か

そうですね

相手がぼくと話してて

笑ってくれる

ということかな



二十歳ぐらいまでは

みんな、ぼくに対して

怒ってましたよ



海へ行った話に戻るけれど

6人ぐらいで行ったかな確か

海へ着いたら

ぼく以外のクラスメートは

ビーチボールとかで遊び始めたんですよ

おそらくねフツーはさ

その輪に加わって一緒に遊ぶよね

でも

ぼくは入れなかったし

入らなかった

100メートルぐらい離れた場所で

海をひとりで眺めてたんです

砂浜に座ってね



1時間ぐらいしたら

別の泳いで遊んでるグループから

ひとりの女の子が寄ってきた

中学生のときに同じクラスだった子

今では名前も思い出せない子



「ひさしぶりだね」って

「なにしてるの?」って

声かけられて

なんだかさ

返す言葉がなくて

「もう帰ろうかなって思ってさ」

そう言ったんだけれど

その子は不思議そうに

ぼくとクラスメート達の

距離を考えたのか

ケンカしたの?ってきくから

「ひとりでいるのが好きなんだよ」って答えた

「あんた、中学ん時からそんな感じだったよね」

てその子に言われて



なんだかさ

その言葉がけっこう重たくて

ぼくはそれから

真夏の炎天下を

15キロぐらいかな

歩いて帰った

クラスメート達には

先に帰ることを告げずに



そんなことばかりしてたんです

周りの人が怒るのわかるでしょ

人と人との機微?礼儀?

そういうの身についたのって

30代からなんじゃないかな(笑)

いや、身に付いては

いないんじゃないかな

だって未だにSNS上で

怒られるからね(笑)



なので元来のぼくは

人との付き合い方が

ダメなんですよ

でも別にもう

いいかなって思ったりする



その裏返しなのか

人に嬉しいこと言われると

本当に自分の命を

捧げてもいいくらい

少なくとも自分ができることは

なんでもしてあげたくなったり



そういうことが時々

あるんですよ


真夏にひとりで歩いて帰ったときに
ずっと頭の中で聴いてました

『TIME IS EVERYTHING TO ME』

いろいろとあるかもしれませんが
時間が解決しますよ

あのときは泣かなかったけれど
今は泣いてる

そういう人の悲しみが伝わってくる
わかるとおもうんだけど
あの輪に入っていない人
笑いあって楽しく生きていない人
そこから外れてしまった人の
悲しみが伝わってくるようになった

二十代によくスライダーズを観にいきました
来てる客はみんなひとりぼっちの人が多く
派手な恰好の人もみんな淋しい人ばかり

みんな生き延びたとおもう

2016/08/23

8月に感謝されたこと


通勤途中に花屋さんへ寄る
今日はどんな花が
並んでるのかなって

ちょっと変わった
ひとりぼっちの花
へえって感じでみた
そう6月のある日

翌日もまたのぞいてみた
ちょっとだけとげとげしいなって
そんな感じがあったので
もうみないようにしようって
そうおもった2回目

でも、なぜだろうな
はなしかけてみたんだ
元気?って

8月になって
その花がさ
みつけてくれてありがとうって
感謝してくれて
声かけてよかったなっておもった

なんだかさ
8月っていい季節なんだなって気持ち
暑いの嫌いだったんだけれど
生まれてはじめて
夏っていい季節なんだなっておもった


2016/08/19

その子のこと、面と向かって好きっていえば?

あの、ホントにプライベートなネタで悪いのですが、私はちょっと変ですがフツーよりちょっと劣るぐらいの零細企業のただの47歳おじさんサラリーマンです。今年の春に度を超えたことをしちゃいましたよ。確かに。その足跡を消し忘れてたのが一つあった(笑)。興味本位でもさ、みつけてくれて嬉しいけれど、期待されてる場所へは戻らないし、今後もないです。そんなことよりも、あなたは表題の通り、そういうことに挑戦するべきじゃないかな?無関係な方は失礼しました。

自分自身で判断しているのか?もしくは刹那という時をとらえることについて

いつかこのことについて
書きたいんですけどね